版画

逡巡と決断

君が向こうに見ている木が青く見えるならパレットの上で一番きれいな青を塗れ、そして実際のものとは少し色が違うなんて言うな、というアドバイスにゴッホが感心したよと書いていた。彼らの絵の色を考えるとなるほどと思う。しかし実際にはそうしようと思ってもなかなかできない。
僕が以前若い人に向けてしたアドバイスは、絵の上で色をぐちゃぐちゃに混ぜてみろ、すごくいい色が現れてくるから、というものだった。容易いことだと思っていたが今ではこれも口で言うほど簡単ではない。
今思えばどちらもひどく難しい。自分の一般的批判力を黙らせることから始めないと。(画)
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懐かしさ

45年ぶりの友と再会しても何故か懐かしさというものを感じなかった。元々この感覚自体が僕にはよく分からないのだった。それにあの時に戻りたいとも思わない。今までの中で今が一番いい。しかし今までよりずっといい作品を作るにはもっと自分自身が成長していかねばならない。(画)
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模様を描く

文字の背景になる模様を彫り直している。風景よりも抽象性の強い方がいいと始めたことだ。当初はもっと曖昧なものでいいと思っていたのだがどうもうまくない。機械的な繰り返し。絵の中に模様を描き込むのは嫌いではない。しかしいつもどこかに抵抗がある。こんなことに長時間かかづり合っていていいのかと。(画)
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読めない文字

文字を書くとき文章の意味を考えて書いている。それが言葉を書く人の自然の意識の流れだろうが、時に文字の配列、線の流れとか太さ細さ濃淡などが作り出すリズム、美的な感覚に重みを置いた書き手だっていないとは限らない。
読めない文字こそ描かれるべきか。(画)
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文字の香り

とにかく続けていればなんとかなる。諦めればその時点で終わり。可能性も閉じられる。何が何の役に立つか誰も分からないというのは作品制作でも同じなのだ。
何かになるのを見届けねば。(画)
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抽象美

平安期のかな文字連綿は図版でさえその美しさが見れば見るほど分かってくる。絵の中に文字を描くのは面白いのだが、今回はその抽象美との格闘を余儀なくされそうだ。しかしその為にはあまりにも自分の絵と自分自身の内容が薄い気がしてならない。こいつはまずい道に踏み込んだぞ…。(画)
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枯れる

文字の形があまりに気に入らないので参考書を開いてみた。平安時代のかな文字を集めた本だ。どの字もさりげなくも優美だ。今更ながらこういうのを「枯れている」と言うに違いない。
この版画はもう少し時間がかかりそうだ。(画)
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消しながら描く

子供がよくやる事、間違った鉛筆の線を消しゴムでゴシゴシ、元の白い紙に戻れとばかりに。絵を教える側としては先ずその習慣をやめさせて間違った線をそのままおいておき、それを見ながら正しい線を引くようにと指導する。絵の初心者でも同じ事。なぜなら結局同じ間違いを繰り返すのが目に見えているからだ。描きながら消し消すことが描くことになるような描き方。
でもそれに慣れてしまうと今度は緊張感のない線を積み重ね決定的な表現を先送りにした自堕落な表現の連続となる。
銅版画はその点少し違うはずだと思って来たが事情は絵と全く同じだった。(画)
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圧力

ふわっとした紙がプレスの圧力で白い面のところだけ冷たい表情になる。銅版画の特徴の一つだ。ただしその効果を強く出すには紙の性質を見極めた上でプレス圧を決める。そしてインクの拭き取りが甘いと薄い膜が残り邪魔するようだから白くしたい所のインクを拭い去らねばいけないが、一方線の黒さまで拭い取ってしまうと結果的に相対的な強さが出せない。難しい。(画)
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文字と言葉

言葉はその意味さえ伝われば用をなすのだが、一旦画面に文字として出ているからには形も問題だ。画家からすればむしろ形の方が気になるのだが、本当は文字の形が言葉の意味と一体となってもう一段上のイメージの次元に移って行って欲しい。
エングレービングの線を削るのは本当に時間かかる。(画)
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