版画

カワガラス

新年になってとりかかった木版画。ほぼできあがった。刷っては版に修正を加え又刷る、の繰り返しで十数枚刷り終わった。油性インクを使って銅版画プレス機で刷っている。繊細な刀の彫り痕や木の肌合いのような細部まで写し取れるところが気に入っている。カワガラスはアガノ村に来て初めて知った。空だけでなく水の中を泳ぐ姿をよく見る。川底を歩いたりもするそうだ。水の中では体にたくさんついた気泡のせいで銀色に光るのだそうだ。(画)
Dscf6374

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描きやすい形

「人のこのポーズをこういう視点から描くにはどうしたらいいでしょう?」と質問されたことがある。何とかアドバイスはできたようだったが、技術のない人ほど難しい形を描きたがるなあと思った。過去の傑作などはその逆で多くの優れた画家は描くのが容易なものを描いている。容易に描いているように見えるのではなく、容易に描けるという所まで形を追い込んでいると言ってもいいかもしれない。
木版画の彫り方にもそれは言えて、彫り溝を凝って揃えたり版としての美しさをデザインしたりするよりも、むしろ楽に彫れるやり方で無理なく彫った彫り跡の方が美しい事が多い。子供の絵の魅力にも通じるものがある。(画)
Dscf6365

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版画を額装した

色数を増やせば絵の色が豊かになるわけではない、と絵を描いた人なら誰でもすぐに分かる。むしろ多過ぎる色味を統御できなくて苦しむものだ。
だからと言って数色に限定したパレットで色味の物足りなさを感じさせない絵を描くには、それなりの天才的な感性が要求される。
そういう色の葛藤を免れながら絵を描いて遊べるのは単色のデッサンとモノトーンの版画だけだろう。
デナリに展示する為に版画を額装した。旧作、改作ばかりで新作がないのはちょっとサボっていていけない。(画)
Dscf5208

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家族像

昔ある作品を文学的と評してずいぶんその作家自身の怒りを買ったことがある。
批判したつもりはなかった。造形的側面だけでなくその後ろにある主題や表象に興味を持ったという事をむしろ評価したつもりだった。
絵を物語や暗喩や象徴から分離して純粋に造形的な表現物として見るべきだという近代の批評精神はそれなりに認めるが、人類の発生と同じくらい長きにわたる絵画史から見れば近代の最後に現れただけの事でしかない、たかが100年程度しか経っていない思想が最高の叡智だと信じる根拠は僕にはない。
描きたいと思った意識の底にある無意識な何かを引きずりながら描き観察していく。(画)
Dscf4145

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潜水艦

小学生低学年の頃に貰ったブリキのオモチャだった。
中に水を入れると水面からの沈み具合が調整できその状態のまま手で回すゼンマイの力で後ろのスクリューが回転し水の中を進んだ。舵もついていたから周回させる事もできた。今思っても中々精巧にできていた。上がグレー底部が赤に塗られていた。
風呂でよく遊んだ。風呂に入りたがらない子を風呂に入れる為に親が買ってやったのかも知れない。
銅版の子供にそのオモチャを持たせた。(画)
Dscf4101

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彫り線のイメージ

エングレービング。今までずっと手探り状態で不安なままの制作だったが、ここへ来て技法が身の内に入ってきた手応えを感じる。
版面の状態、彫り線の太さ深さ密度、方向を揃えた場合、クロスした場合、直角と斜めでのクロス、曲線でのクロス、多線でのクロス…etc. それらの絵としての効果。
全部を理解した訳ではないが自分のイメージにぴったりするやり方を選べるようになった。
この絵の中では手の彫り方が気に入っている。(画)
Dscf4047

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慣れと自堕落

エングレービングという銅版画の技法は感覚的な処理をしにくい。
先を考えて線を彫り進めていかねばならないところは油絵の感覚的な描き方とかなり違うと感じる。
でも毎日両方の仕事をするようにしていると、その互いの描き方の大きな違いが慣れによる技法の自堕落にブレーキをかけあってくれそうだ。(画)
Dscf3697

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芸術か否か

芸術ですかいいですねえ、と言われるかと思えば、芸術なんてそんな独りよがりな無意味なことを、(とこちらはさすがに面と向かっては言われないが)そういう批判を受けることがある。
褒められれば悪い気はしないし咎められればいい気はしない。
でもどちらもその個別の中身に関しては議論がないのだから何の参考にもならない。
『れんぶらんと』はちょっといい感じになってきた。(画)
Dscf3635

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描くリズム

1日の中で油画と銅版を並行して制作するのを暫くの日課にしようと決めた。
今の所数日は続いている。銅版は一番肝心の人物の顔を作り直し。
油画を描くリズムが銅版に影響するものを見てみたい。(画)
Dscf3558

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『なつの午後』

銅版画は油画と違って複雑な事が多過ぎる。インクの性質だけでなく、版面のインクの拭き取りと刷る時のプレス圧の関係とか、刷り紙の種類や水分の状態…。
未だに暗中模索という感じでやっている銅版画だが、一瞬でも何か手応えのようなものを感じるとパッと目の前が明るくなっていくような気がして実に嬉しい。
『なつの午後』という作品。本刷りに入った。(画)
Dscf3445

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