大理石を彫る

2本の木立

毎朝鬱蒼として来たリンゴの木を見上げているからだろう、回廊の柱が庭のリンゴに思えて来た。枝先の梢の膨らみを彫ったり削ったりしているうちに山に溶け込んでしまって、ふんわりとした神殿の屋根になった。そうか、元々教会や神殿の柱も天井も森の木立やそこから見上げる天体を抽象し文様化して作られているじゃないか。元の形になんとか辿り着くまでコツコツと作業を続けている。こういうことは楽しいしぜんぜん苦ではない。(K)
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山の稜線

山の稜線をくっきり出すことにした。雲が湧き立つ場所は白い人が現れた谷だった。雲が光りながらすごい勢いで吹き出している。明け方の空は最初はピンクで辺りは金色に照らされる。太陽がすっかり顔を出すと森は白く発光する。

鑿痕を効かせて磨いた石の色とのコントラストを強くすれば新しい領域へ踏み込める。(K)
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爽やかな風

空を丹念に磨いている。月の縁や雲の間に砥石をかけるのが難しい。砥石はだんだん角が取れて丸くなるから深い溝の底になかなか届かないのだ。砥石の当たり方がムラになるから細かいスジが残ってしまうのをコリコリしつこく擦り落としていく。足元に石と砥石の両方から出る粉が降り積もるばかりで、ときどき刷毛で払い落としては、ゆっくりとしか変わらない石の色を眺めて過ごす。

今日も風がよく吹いていた。爽やかな空気がやさしい月を引き出した。外に出たらレリーフとは逆向きの月が西の空にぼんやり光っていた。雲が広がっているようだ。今夜は星はなし。(K)

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瞳の光

今日は爽やかな風がずっと吹いていて気持ちが良かった。霊的な風というのだろうか、庭仕事をしていてもぜんぜん疲れない。「もう終わりにしようよ」と声がかかって中に入ると、ガハクはまだ雑巾掛けをしていた。

目の中には幾重にも繰り返される輪があって、それをだんだん小さくそっと外側から刻んで行く。今夜やっと瞳の中にキラッと光が入った。(K)

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空を研ぐ

上瞼の影が綺麗に彫れた。瞳の位置も少し修正。月の周りを磨いてみたらなかなか良い色なので、雲の間の空にも砥石を当てた。こうなると星が一列に並んでいるのが如何にも単純で幼稚に見えて来る。明日は回廊の上の空を思い切って抉ってみよう。絵空事ではない生きている空が広がるように。(K)
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夜明け前の星

部分的にあちこち磨いては彫り直している。途中で発見する美しいものを拾い上げながら進んで行くのが最近のやり方だ。空の縁取りのようにたくさん並べてあった星は、雲に変わった。小さく消えそうになっていた星が、今夜7つ復活。夜明け前の星だ。(K)

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天使の周囲20キロ

トワンは今日も皆に撫でられていた。トワンの周囲に広がる柔和なスフィアは半径何キロなのだろう?スエデンボルグによれば、ひとりの天使がいるだけで、その周囲20キロは平安が保たれるという。どうがんばっても自分一人じゃ世界は変えられないと思っている限り何も起こり得ないだろう。天使とは、生まれたばかりの純真な善への意志のことだ。たった独りの中に起こる決然たる意識の変化。そのような意識の姿は、時間のフィルターを通ってやがて外見にも現れる。それは誰もが見つめてしまう美しいものなんだ。(K)
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安息日の内意

彼の掌から風が湧き起こった。小さなつむじ風だ。ヨブが神に「お前は風がどこで生まれるか知っているか」と問われて沈黙する場面がある。今の私なら「あなたの手のひらから」と答えよう。考えることがさらに進んで想うことに集中した時、そこからは甘い香りが立ち昇る。それが風になるんだ。

見えたものを石に刻むには勇気が要るけれども、ゴッホは描く前から描き上がった絵が見えていたらしい。「それが何枚も何枚も見えてごらんよ。いくら命があっても保たないよ」とガハクが言う。私は彫りながらだんだん見えて来る形に従うだけだから大丈夫だ。ゆっくり進むしかないからきっと長生きできるだろう。こういう状態を安息日と呼ぶのかな?(K)

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スモモの妖精

毎朝スモモの梢の中に小さな緑の実を探す。ツヤツヤの粒が日に日に大きくなっている。長年居着いていた虫がやっといなくなった。小豆くらいの硬い殻が幹や枝にびっしり付着していた。あれはきっと虫の冬越しだ。コリコリ手で落としてもダメだったから薬を噴霧し続けて2年、この春に堆肥もやったからか、今までに見たことがない茂り方で一枚一枚の葉っぱが大きい。花が実になるまで何年もかかった。(K)

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大きな息

ときどき指の先から砥石がぴょんと弾けて地面に転がり落ちる。途中で雨の音が激しくなったが、雨漏りはしなかった。トタンの合わせ目に塗り付けたシリコンシーリングが効いたようだ。

ミケランジェロよりももっとずっと古い時代の人たちと話をしている。磨き難い窪んだ場所に浮き彫りにした人の輪郭はどうやって研ぎ出したのかと。砥石と鑿だけで出来るはずだ。

ストーブから外した煙突に被せてあるビニール袋が、外で風が吹く度にフカフカ音を立てた。大気は大きな肺のようだ。夜の8時、雨が止んだ隙を狙って自転車で帰宅。国道脇に大きな水溜りが出来ていた。(K)

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