あぶらえ

煩悩の苦しみ

「近頃は念仏を唱えても以前のような喜びが湧かないのはどうしたわけでしょう」と問うた弟子に親鸞は「それは修行の成果でいよいよ極楽浄土が近づき煩悩が最期のあがきをしている証拠だ、ますます修行せねば」てなことを言ったそうだ。
逆転の発想みたいで面白いが、僕も最近は以前ほど描く喜びを感じないで描いている。いよいよ佳境に入って来たかと思えばこれもまた面白い。(画)
Dscn0216

| | コメント (0) | トラックバック (0)

青の中の顔

青い色がこの人物には合う。青といえば思い出すのはピカソの青の時代、彼の青は言ってみれば画布の要求から発しているのだが、僕の青はこの人物が要求しているのだ。最近絵具箱から出て来たデルフトブルーという色が気に入ったので、手持ちの顔料で似た色を練ってみた。顔料のラベルにはオリエンタルブルーと書いてある。ひどく発色の派手な色だ。

今までの色の趣味を変えられますように。(画)
Dscn0185

| | コメント (0) | トラックバック (0)

夜のアトリエ

暑いから開け放しておいている窓から線路の補修作業の音がしてきた。重そうな金属の触れ合う音、車のエンジン音、作業員の掛け声、モーターの連続音、時々鳴る踏切の警報、いつもは非常に静かな夜の森が随分賑やかだ。
人によってはひどく耳障りなものだろうな。僕はあまり気にならない。むしろ深夜の孤独な時間が慰められるような気さえする。たまにしかない事だし。
生い立ちってやつもあるかな。街の中心部で生まれ育ったせいか騒音に慣れてしまっているのかもしれない。慣れと言えば絵を習い始めた頃、使う色が派手過ぎて弱った。街場の派手なネオンサインに毒されていたのかもしれないと思っていた。いい中間色が使えないのはそのせいかと。
しかしもう一度思い出せないかなあの頃の感覚。今ならどう使えるか。(画)
Dscn0148

| | コメント (0) | トラックバック (0)

イヴィッチ・・

イヴィッチは絵の展覧会に行こうと誘う友人に「自分のものにならない絵なんか観に行ってもつまらない」というような、ちょっとビックリするような事を言ったりして人の心理を鋭くえぐるかと思えば、別の部分では感情的にひどく幼かったりもする。例えば性的なものに過剰な期待を抱いていたり。
最終章に出てくる彼女は前半に比べてやや薄っぺらい印象になっている。何故かと考えていたが、今日思いついた。作者であるサルトルがイヴィッチという人に飽きてしまったのだ。(画)
Dscn0136

| | コメント (0) | トラックバック (0)

リンゴの木

去年あれだけ多くの実をつけたリンゴの木。今年はもっと大きくて立派なリンゴをたくさん成らせることだろう。頼もしい。
絵も僕も去年より成長しなければ。(画)
Dscf9984_2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

花の絵

花を描く上で一番難しいのは色や質感よりもその単純にして複雑な空間性だ。ボタニカルアートというのがあるのを知ったのは最近のことだがネットで見る限り大抵の絵はここが掴めていない。気づいていないのではなく知らんぷりしているのかもしれない。
そうだとしても花の魅力はそれだけじゃないからいいんだけども。
うちのアマリリスは今年も咲きそうだとのこと。(画)
Dscn0100

| | コメント (0) | トラックバック (0)

じっくり見る

庭にあるオオヤマレンゲの花をできるだけ見ないようにしている。それでも気になるから通りすがりなどにチラッと横目で見てしまう。まるで盗み見だ。毎日トワンと散歩に出る度にその繰り返し。
対象をじっくり見て覚えこもうとするのが絵描きの習性だからそれと闘うようにして描くのもなかなか骨が折れるものだ。なぜそんな回りくどい事をするのか。
ジャコメッティの絵をじっと見てはいけない横目でチラッと見ると人の存在がしっかりと見えてくる、と言ったのはサルトルだ。その言葉を思い出す。(画)
Dscn0086

| | コメント (0) | トラックバック (0)

見ていたもの

オオヤマレンゲという花の中に何を見ているのか。
花の形、花の色、葉の形、葉の色、枝ぶり…絵を描き始めるとその何を描こうとしているのか…見ていたものが何なのか…特にうまく描けないと感じた時、その疑問と付き合うことになる。見ていたものと描かれたものとの対決が始まる。絵を描くことの面白さ。(画)
Dscn00372

| | コメント (0) | トラックバック (0)

庭の木

庭に大きな米松がある。モミジも大きい奴が数本ある。他にも李とか椿とか月桂樹とかライラックとかピラカンサとか…住む前からあったこれらの木に加えてリンゴやヤマボウシやカマツカなどを新しく植えた。オオヤマレンゲもその一つ。すっかり定着して清楚な香りと独特な形の花を毎年咲かす。この木の前の地面に幼い子供たちが寝転んで遊んでいたそうだ。(画)
Dscf9979

| | コメント (0) | トラックバック (0)

霊が話をする

公開シンポジウムのような場所で講演を聞いていた。聞いていたが話が余りにも冗長で中身が軽い。遂に「お前らつまらん話いつまでもするんじゃないよ」と突然言い放っていた。場が凍りついたのは言うまでもない。暫くしてなだめるような発言が司会者からあった。そりゃそうだよと内心思いながら、でも止まらない。「もう帰りますけど今まで使った僕の時間は誰が返してくれますかね」などとさらなるクレーマーぶりを発揮するのであった。
そういう夢を明け方見た。(画)
Dscf9937

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧