あぶらえ

観想の風景画

隅から引っ張り出して暫く眺めていた絵に手を入れた。風景画を描きたいとこだわっていた頃の絵だ。人物画、静物画、風景画というようなジャンル分けに意味はない。事物を風景として観想するという意識で描く事ができれば全てにオールマイティでいられるのではないかという思いがあったからだ。主題を解説するような絵ではなく感傷に浸る為の絵でもなく、そして対象への愛を表現する絵でもない、そんな絵が描けるだろうか。(画)
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絵のようなもの

「絵のようなもの」と「絵」とは決定的に違う。画家は「絵のようなもの」との訣別から「絵」を始める、又は「絵のようなもの」を回避する。これは技術の有無の問題ではなくむしろ技術があるからこそ「絵のようなもの」が描けてしまう。描きたいという意欲はあるのにテーマが見つからないという場合「絵のようなもの」を作り出そうとしてしまうのかもしれない。いやそうではない。意欲が外部からの刺激でなく内側から生まれているなら技術は「絵」を間違いなく生み出すだろう。その時画家はテーマからも自由なのだから。(画)
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スカンポ その後

たぶんイタドリの生命力を描きたいんだろう。ぐんぐんと成長していく旺盛な生命力。ある日、裏山を奥の方まで登った。樹木もまばらなやや荒れた場所に出ると至る所にこいつが繁茂していた。僕の背よりも高く束になって生えていた。一人山の中でそんなイタドリの群落に囲まれた僕は野生への畏怖を感じていたに違いない。(画)
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スカンポ

夏になると山道の脇に背の低い潅木のように生えている草、切ると茎の中は中空でスカスカだ。スカンポと勝手に呼んでいた。それが実はイタドリという名前だと知ったのはつい最近のことだ。以前から銅版画にしてみたいと思っていたがハードルが高く感じるので先ず油で試してみることにした。(画)
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動かず止まってもいない

テーマとして意識したものではないが植物を描いた絵が数枚ある。毎日の散歩で見ている木や草や花。季節が変われば植物の様相も全て変わる。考えてみればいつもそこにあるという意味では動かずにいるのに、一瞬たりとも止まっていないという存在の仕方、他にあるだろうか。(画)

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色も構図も絵肌も美しいのに

朗読の声が美しいのでつい聞いてしまった。抑揚のリズムも快適でいい心持ちがする。しかし暫くじっと聞いていたら何か空々しい気分になってきた。だって話の筋がさっぱり面白くない。イメージも平凡だしただ思わせぶりなだけで想像力の乏しい空っぽの内容だった。表面が美しいだけのそんな絵があふれている。俺はそんな絵は断固拒否するぞ。(画)Dscf7423

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絵は誰のもの?

過去に展覧会などをやったり今でも絵を展示させて頂いてもいる身でありながら、しかも事あるごとに絵を見てくださいなどと口では言っておきながら、実は見せたいと思って描いてはいないのだ。むしろ見せる事を前提にして絵を描きたくない。自分勝手に描きたいのに必ず見る人の視点を措定して絵を仕上げようとしてしまう。理想の観客を念頭において絵を描くなどというのは詭弁に過ぎない。要するに有益な奴だと思ってもらいたいというおもねりに堕してしまう。(画)
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植物を描く

定期的に花を描きたくなっている。昔から植物が絵に登場する事が多いのは、人の日常で植物に接触する機会が多くそれだけ人の心に馴染みやすいからだろう。ところが絵を習い始めてみると植物はとても描きにくかった思い出がある。都会に心が向かっていたせいだろうか興味が薄かったのではないだろうか。ニガテだった気もする。今では描かない日はないほど毎日植物を見ているし描いている。(画)
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真似をする

個性的な仕事を徹底して目指すべきだろう。まず「真似」から始めるのは仕方ないが先人の成功例を参考にするのは最初の一時期に限る。すぐに出口を見つけないといけない。特に近いところの人々を模範としてはいけない。昔の人々に比べて現代が個性的に見えるのは錯覚でしかなく、我々は数十年後の人々から同じ一かたまりの傾向としてしか見えないのは間違いない。現代人に個性がないのは余りに周りを見すぎているからだとあるアフリカ人彫刻家が言っていた。個性的になるには作品を自分だけに抱え込んでしまえばいい。他人に見せる必要はない。そうすれば自分だけのニュアンスに閉じ籠ることができるだろう。(画)
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ぺちゃんこの絵

先日ナビ派の展覧会を見たという若い友人が「平面的な絵」ばかり見ていたら頭がぺちゃんこになったみたいで苦しくなって「立体的な絵」を見たくなったそうだ。当時の絵描きたちは正にその逆の心理からあゝいう絵を描き始めたんだけどねと笑いながらそれに答えたものの、セザンヌがゴーギャンを酷評して「あんな東洋風のぺちゃんこの絵」と言ったというエピソードを想起した。(画)
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