あぶらえ

イヴィッチ3

油彩で描いてみる。
僕は今まで油彩画をベースに版画におこすということがほとんどだ。油彩の自由度に比べれば木版画や銅版画は、彫るという後戻りできない所や少ない色数などずいぶん制限された表現方法だ。むしろ制約がある方が仕事が楽なこともあるということも言えるが。
版画で始めたことを油彩にするという順序は珍しい。油彩という自由な表現空間にどう版画で気づいたイメージを解放することができるだろう。(画)
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生命の起源

今日は油絵を描いた。版画ばかりやっていたのでちょっと新鮮な気分だ。
アマリリスの続きをしようとしたらアマリリスのイメージを忘れてしまっていた。それで勝手に描けばいいなと始めたらこんな絵になった。そんなに悪くないんじゃないか?植物を描くのはやっぱり彼らが生命の始まりだからだろう。創造は生命と切り離しては考えられない。(画)
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待ち受ける

もう少しスンナリいくかと思ったが苦労している。こういう時は何を描きたかったを思い出すのではなく起こることを待ち受けるように描くしかない。いつだって放り出せるんだし。(画)
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堅い線

ゴッホの友人だったエミールベルナールは「ものを掴むように描こうとして硬くなっている」とゴッホのデッサンを批判している。またセザンヌの絵画理論を後世に伝えたのも彼だった。自然物の構造を幾何形体的に再構築して表すといういわゆる「セザンヌ理論」だ。そのどちらも絵の本質を技術的な問題だけに限定してしまうという大きな偏見から生まれている。
ゴッホの線は、ものを前にした時に感じた強烈な感性を独創的に表したものだし、セザンヌもまた、自然から受ける澄み切った感動を情感に流れないように捉えようとした彼独特の方法論だったのだ。
アマリリスを描きながらゴッホの強烈なひまわりの線を思い出していた。(画)
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描く体力

「絵画教室」という本に画家の心得が書いてある。夜は早く寝て規則的な生活が第一。激しい運動は避け、朝晩道具を使わない軽い体操や散歩などをして体調を整える。禁酒。コーヒーとタバコは脳を活性化させるから無理に止すことはない。ちょっとした心配事でも制作の障害になる、この点で家族の協力ほど大いなる感謝に値するものはない。etc. (苦笑)
体力が精神を支え、精神力が体を作る。それは間違いない。
昔描いたアマリリスを潰した。ここにもう一度アマリリスを生みだす。(画)
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イタドリ

トワンと散歩しながら木を見たり草や花を見たり。そういうものをどう絵にするかをいつも考えてしまうのは良いことか悪いことか。今日もイタドリを見ると立ち止まり、観察したくなるのをこらえていた。しげしげと見ないようにしてチラッと見る。あまり知ってもいけない。だから目を背けつつイタドリを観察する。絵はここまで来た。(画)
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絵を描く距離

絵を描く時に適正な距離はどれくらいでしょうか、と質問された事がある。
画布にくっついて描き続けていると筆の先しか見ず、その効果が画面全体にどう影響しているかが見えなくなっていたりする。大きな画面でなくとも気になるものだ。だからよく画家は後ろに下がる。そういう習慣がいつの間にかできてしまう。広いアトリエを好む画家が多いのは自作を多く並べて鑑賞したいからでもないようだ。
しかし後ろに下がると言っても限度がありそうだ。そういえば適正な距離の目安は画面の対角線の長さの○倍とかいうのをどっかで読んだ。
本当は適正な距離なんてものはない。好きな距離で描けばいい。小さな絵を広いアトリエで描くのは背中がすーすーする。大きなサイズの絵を狭いアトリエで描くのは絵の中に入ったみたいで楽しい。アトリエの適正な(好みの)大きさの方が問題かな。(画)
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絵の空間

絵では空間とか奥行きという言葉は、始めは三次元的な再現性を言うのだが、それにとどまらず心理的な効果や共感をも含み得る。
この絵、何となくアンリルソーに似てきたようだ。どうしたらいいだろう?(画)
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赤い城への道

キャンバスの裏に制作年度が書いてある。2002年。15年前のこの絵に手を入れた。ここ数日の仕事で童話的な風景が少しリアル度を増したと思う。でもこのモチーフの意味は自分でもよく分からない。正確に言うと忘れてしまった。そんな絵が何枚もアトリエにあるが、それならはっきりと意味を自覚している絵とどう違うかと問われれば明確な答えはない。
かと言って絵を描く為の動機付けに過ぎないとも言い切れないんだよな。(画)
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風景の描き方

予備校生の頃、課題で学校の近くの公園に風景を描きに行った。ほとんど室内で静物や人物を描いていて野外で油絵を描くのは2度目くらいのものだった。池の端にイーゼルを立て終日描いた。思うように描けない、どう描いていいか分からない、次の日も同じように出かけそれが3日続いた。苦しいばかりで少しも楽しくなかった。今の自分がそこにいたらきっとこう助言してやるだろう、風景なんかそんなに見なくていいんだ、それより自分の絵をもっとよく見ろって。(画)
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