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描くために壊す

描いているのか壊しているのか分からない時がある。
下絵が済んだら下塗りしその上に絵具を徐々に重ねて完成させるという手順で満足に描けた試しがない。自分にはそういう才能がないのだ。制作の仕方といえばどこからでも始めてどこで終わるか分からないやり方。そういうのを「描き方」というのかどうか知らないが。
気に入らない箇所があれば放ってはおけない。躊躇なく描き直す。ところが修正というのは勝手な言い方でどんどん絵が壊れてしまうことが非常に多い。
セザンヌの執拗な描き方は有名だったが、僕が自分の作品に対しての絶対的倫理性を確信したのはジャコメッティを知ってからだ。要するに気に入らなければ直す、というそれだけのことだ。画面の保存性とか醜い絵肌とか気にしない。むしろ見てくれのよさは芸術と相容れないものだ、又は気に入らないのはそれだけモチーフが見えているからだ、などと勝手に思い込んだりしている。
ところが最近はそんなに修正しないでもいいと思える絵が時々ある。いいことか悪いことか分からないけれど。(画)

『花束』油彩

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