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煩悩の苦しみ

「近頃は念仏を唱えても以前のような喜びが湧かないのはどうしたわけでしょう」と問うた弟子に親鸞は「それは修行の成果でいよいよ極楽浄土が近づき煩悩が最期のあがきをしている証拠だ、ますます修行せねば」てなことを言ったそうだ。
逆転の発想みたいで面白いが、僕も最近は以前ほど描く喜びを感じないで描いている。いよいよ佳境に入って来たかと思えばこれもまた面白い。(画)
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2本の木立

毎朝鬱蒼として来たリンゴの木を見上げているからだろう、回廊の柱が庭のリンゴに思えて来た。枝先の梢の膨らみを彫ったり削ったりしているうちに山に溶け込んでしまって、ふんわりとした神殿の屋根になった。そうか、元々教会や神殿の柱も天井も森の木立やそこから見上げる天体を抽象し文様化して作られているじゃないか。元の形になんとか辿り着くまでコツコツと作業を続けている。こういうことは楽しいしぜんぜん苦ではない。(K)
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抽象美と恋愛

版画に彫り込むためのかな文字の練習。と言っても家にあった参考書、平安時代のかな文字練習帳を見ながらのいたずら書きでしかないが。
同書による所のかな文字の歴史が面白い。男女教育の差別化の為に漢字を女には教えないようにしたという所から始まる。漢字を知らない女同士で手紙を書くのに独自の文字を発明せざるを得なかった女性たち。その女に手紙を書きたい男は女からその文字を教わらねばならないようになったというのが愉快だ。社会の抑圧が新たな文化を生み新しい美意識が生まれた。その発展の原動力に男女の恋愛があったというのが。(画)
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山の稜線

山の稜線をくっきり出すことにした。雲が湧き立つ場所は白い人が現れた谷だった。雲が光りながらすごい勢いで吹き出している。明け方の空は最初はピンクで辺りは金色に照らされる。太陽がすっかり顔を出すと森は白く発光する。

鑿痕を効かせて磨いた石の色とのコントラストを強くすれば新しい領域へ踏み込める。(K)
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青の中の顔

青い色がこの人物には合う。青といえば思い出すのはピカソの青の時代、彼の青は言ってみれば画布の要求から発しているのだが、僕の青はこの人物が要求しているのだ。最近絵具箱から出て来たデルフトブルーという色が気に入ったので、手持ちの顔料で似た色を練ってみた。顔料のラベルにはオリエンタルブルーと書いてある。ひどく発色の派手な色だ。

今までの色の趣味を変えられますように。(画)
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爽やかな風

空を丹念に磨いている。月の縁や雲の間に砥石をかけるのが難しい。砥石はだんだん角が取れて丸くなるから深い溝の底になかなか届かないのだ。砥石の当たり方がムラになるから細かいスジが残ってしまうのをコリコリしつこく擦り落としていく。足元に石と砥石の両方から出る粉が降り積もるばかりで、ときどき刷毛で払い落としては、ゆっくりとしか変わらない石の色を眺めて過ごす。

今日も風がよく吹いていた。爽やかな空気がやさしい月を引き出した。外に出たらレリーフとは逆向きの月が西の空にぼんやり光っていた。雲が広がっているようだ。今夜は星はなし。(K)

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額づくり

自作を額に入れた最初は高校生の時だった。習いたての頃描いた絵の全てが気に入らなかったがその中に一枚だけ人に褒められ勧めらて家に飾った。悪くはなかったが特にいいとも思わなかった。卒業制作の作品を入れる段になったらその値段の大きさに当惑した。画材の費用に額の値段まで捻出しなければならないのかと思うと将来が危ぶまれた。
一方で額に入れた絵をイーゼル絵画と称して軽蔑する新しい風潮も生まれた。貧乏画家にはもってこいの流行だ。だから色々結構な理屈がついていても内実は作り手の経済力の問題だったかもしれぬ。
ゴッホは自分の緑を基調とした絵に赤い色の額を特注して額装しないと最後の筆を入れる事ができないと日記に書いていた。彼ほどお金に困っていた人もいないのに。(画)
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瞳の光

今日は爽やかな風がずっと吹いていて気持ちが良かった。霊的な風というのだろうか、庭仕事をしていてもぜんぜん疲れない。「もう終わりにしようよ」と声がかかって中に入ると、ガハクはまだ雑巾掛けをしていた。

目の中には幾重にも繰り返される輪があって、それをだんだん小さくそっと外側から刻んで行く。今夜やっと瞳の中にキラッと光が入った。(K)

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誰のバースデー?

妻がバースデーケーキを焼いてくれた。66回目の誕生日ということだ。うちの庭で採れた今季初のイチゴをのせた。毎年この日に間に合わないことが多いのだが今年は赤くなってくれた。何でもないように見えるケーキだがお店では買えない美味しさなのは間違いない。
単に季節が繰り返すだけなのにそこから歳月というものが生まれ、年齢が数えられ遂には人の人生が世界共通の時間で区切られるようになった。同じ人は一人もいないのに全人類共通の時間割があてがわれていると信じられているが、この日この時の自分でしかないという事を僕は忘れないようにしたい。
(因みにトワンは見てるだけ(画)
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