成長と衰退(よっちゃん)

僕の薄くなっていた頭頂部の髪が最近日増しに濃くなってきたそうだ。そんなことあるかい?と半信半疑だが観察している妻が言うのだから間違いなさそうだ(笑)
吉本隆明が「人は部分的には体勢を戻すことができても全体的には衰えていく…」と言うのを聞いて確かにそうだとその時は笑った。
それから解剖学の教授が講義の中で「成長は18歳までで後は老いていく」と言ってたのも印象的だった。
でもちょっと待てよ。それって「人は生まれた瞬間から徐々に死んでいく」と言うのと同じじゃないかい?
生命体は生きるのを止めた時に死が始まり、成長は死が始まるまで速度はともかくその動きを止めないというのが本当じゃなかろうか?(画)
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新しき人の方へ

主題の顔にとりかかった。この人は生まれたばかり。年齢不詳。今日はアトリエの地代を払ったし、いつもやろうやろうと思っていてなかなかやれないでいたガレージのドアも洗ったから気分がすっきりしていたせいもある。新しい顔が出て来た。春の兆しに地面も動き始めた。小さな芽が顔を出している。水仙やチューリップ。薔薇の赤い芽も鮮やかだ。彫ろうとしても彫れない顔が彫れるのはこういう日だ。(K)

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よっちゃん

よっちゃん、と母は幼い頃から呼ばれていたらしい。長女で弟が一人妹が三人。父と結婚して子供を9人産んだ。母が9人目の僕を生んだのが40歳で、そのせいもあり女性としての母の若い頃というのが写真で見てもピンとこない。アシルゴーキーに母親のデッサンがあり印象的なものだった。幼年の画家自身と並んでこちらを見る。数枚あるが皆同じ角度同じ服装で描かれている。その固定された印象は写真を見て描いたのか、それは幼少の頃に死別しているからではないかと思った。
僕の母は84歳まで生きた。(画)
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新しき人よ目覚めよ

「新しき人よ目覚めよ」というのが、これを彫り始めたときの主題だったのを思い出した。ウィリアム・ブレイクの絵に触発されてのことだった。それにしても難しいテーマを選んだものだ。完成直前で止めて今また彫り直しているのだから、理解するのに12年もかかったことになる。

今夜は回廊の壁に砥石をかけながら人と犬の輪郭をはっきりさせた。顔の大きさは実寸で2㎝ほどだ。平ノミの角で白目をピッと、胸に当てた手をツツツーッと刻んだ。背後に伸ばされた左手が「あっちに行こう」と言っている。(K)

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幻惑

ダブステップ(ロボットダンス?)にハマってる。散歩中にも体をそれっぽく動かしてみると楽しい。ゆっくり歩く動作の途中で止まるというだけで起こる違和感が面白い。裏切られた時間の感覚。止まっているかと思うとゆっくり動き出し突然速くなったり戻ったり。
僕らが見ているのは動作ではなく時間なのか?裏に流れるビートの効いた音楽は一定のリズムを叩き出し止まることのない時間の推移を示しているのに。
絵の中にも時間はある。時間をコントロールし違和感を作り出す。(画)
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垂直

ふと思い立って作業台に水平器を当ててみた。太い桜の丸太の上で彫っているので急に不安になったのだ。レリーフを彫っている四角の大きな作業台の上に運んで、そこでも水平器で確かめてみた。回廊の柱はまっすぐ立っていた。ということは、人間の垂直も大丈夫だ。

人の足の裏が地面にどう触れているかが問題なのだ。ふわっとなのか、どっしりなのか、ちょこんとなのか。男の人の靴の形はスマートにできた。女の靴は安全靴だから大きい。トワンの足は軽く。

今日は春の日差しを感じたので、ポットに夏野菜の種を蒔いてトレーに載せて窓際に置いた。(K)

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バーバリズム

ヤスリ棒とニードルで版面をひっかいて反応を見る。顔を描くのはそれが一番気楽だからだ。
どんなやり方で始めようと構わない。現れてくるものが行き先を示してくれるはずだ。そうでなければそうなるまで続けてみよう。技法とバーバリズムは折り合いが悪いと思う人は表面しか見ていないに違いない。芸術の根幹にあるのは自由さだもの。(画)
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懐かしい人達

石の中から浮かび上がった像を見て「懐かしい人達が出て来た」とガハクが言う。以前どこかで会ったことがあるというより、ずっと昔の懐かしい人達のこと。意識の最内部にそっと残されている記憶と通信することが出来れば、さぞ美しく楽しい風景が蘇るだろう。

トワンのシッポを彫ってみた。なかなかいい形だ。ふさっとして優しい感触が出ている。後は周りの空間を上手に磨けるかどうかだ。指が届かないほど深い壁に小さな砥石を当ててコリコリ磨く。ときどきヤスリも使ってみるが、角度がうまく合わない。あれこれやっているうちに一番いい色と艶に行き着くだろう。(K)

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あゝ打て心を、そこにこそ魂は宿る

というドラクロアの詩行を読んだのは高校の頃でその時はちょっと何言ってるか分からないよとw。でもそれから何十年か経った今、そんな気持ちにもなる。ドラクロアのシェークスピアを題材にした石版画に感動しいつかこんな絵が描けたらなあと憧れたっけ。未だその気持ちは無くしてないぞ。
強い風が吹いている。時々雨戸がガタガタする。
ロマン主義絵画、ドラクロア、ジェリコー…今でも大好きなんだよな。現代の冷めた感性の後にきっと又復活するに違いない。
この版画にもそろそろ離れる時期が来たようだ。まだ少し未練がましくちょこちょこいじるだろうが。何をやってもそう変わりはしない。
ある心境がある作品を生み出すのではなく、できた作品がその時の感性を形作るのだ。(画)
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手の純真

わざとらしくない手にしたいとあれこれ彫ってみたが、ただパッと開いた手のひらが一番この場面に合っていた。平ノミの角で指の間を刻んだ。彫っている時に裏山の石窟の壁に彫られた線彫りの不動明王が浮かんだ。シンプルな線で彫られたその像は大したものではないけれど、野心邪念欲念のない鑿の痕が好きだ。

今夜も足元の地面を掘り下げるのにずいぶん時間がかかった。頭をどんどん小さくしているのに脚の長さが足りない。じりじり長くしている。形がキュと引き締まって来るほど人は大きく見えるのだ。(K)

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